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英語は私にとって芸術

2019年2月5日

自分が「英語を話せるようになりたい!」と思ったキッカケをここで綴ろう(つづろう)と思う。

私が大学生1回生の時、自分のクラスメートの女の子が卒なく交換留学生と英語で会話していて「英語ってすごくカッコイイ!なんだこれ!」と思った。

単純にこう思った。

「僕も英語話せるようになってカッコよくなりたい!」

「カッコよくなりたい」という言葉は実に面白いなと思う。

人から見て評価される「カッコ良さ」を特に追い求めていたのは若い頃の自分だった。

でもそいういう人ほど、「カッコよくなりたい!」と自分から言わないものだ。

「カッコよくなりたい!」と口に出すことがカッコよくないことだと思っているから言わないのではないかという勝手な予想をここで立ててみる。笑

私にとって本物の英語に出会った時からの「英語」とは人からどう見られるかは全く関係ない。

だからこう言う。

「カッコよくなりたい!」と。

ただこう言うセリフ言わせてくれるものなのだ。それぐらい英語という言語に惚れている。

私は英語はツールではなく、芸術だと思っている。

英語は英語でもアメリカ英語が美しいと思うし、ハリウッドの英語は英語でもマット・デイモンの英語が美しいと思うし、マット・デイモンはマット・デイモンでも Good Will Hunting の映画の英語が美しいと思う。

ツールではないと考えていたので、「英語ができたら◯◯ができる」なんて考えたことがない。

しかし、英語学習をしているほとんど全ての方が英語をツールとして学習している。

海外旅行をもっと楽しくしたい、海外でもっと活躍したい・・・色々とあるが、

それは素晴らしいことだと思う。

学ぶ動機が全く違うだけ。

「先生、どうしたらそんなに英語がスラスラと話せるんですか?」と聞かれたら私はこう答える。

「英語が話せるようになれたらカッコイイと思って、英語に没頭し続けた」と。

「なんじゃそりゃ?」という答えが返って来そうだが、それ以外答えが見つからない。

好きでやっている人は意外と目標がなかったりする。

それとは逆に目標を持ってそこに大きな達成感や幸せを抱いて、突き進む人もいる。

どちらも素敵なことだと思う。

このブログにオチはありません。書けば書くほどオチが見えてこないブログでした。